1901年に誕生した我が母校・早稲田実業学校は、本年で創立125周年という節目の年を迎えています。去る4月13日に国分寺校舎で125周年の記念式典が開催されました。記念式典の前には早稲田大学の前進である東京専門学校の創立者・大隈重信侯の命を受け、早実の創立に深く関わった天野為之先生が眠る東京・多磨霊園で展墓が執り行われています。そして、式典を終えた夕刻から早稲田戸塚町にあるリーガロイヤルホテルで、創立125周年記念祝賀会が恩蔵直人学校長、佐々木慎一中等部、高等部校長、菱山和広初等部校長をはじめとする大勢の学校関係者と早実OBの皆さんを集めて開催されました。同ホテルは大隈庭園を見下ろす都内でも有数の美しい眺望を誇ります。旧早実とは目と鼻の先にあり、早稲田大学100周年の1994年に開業した同ホテルの敷地には、早稲田大学硬式テニス部のコートがあったことは皆さんもご存じのはずです。
2001年に早実が国分寺へ移転してから本年で25周年という節目の年を迎えています。移転後の翌02年には初等部を創立。男女共学となり、中等部、高等部と連なる12年間の一貫教育校となり、現在に至っています。早実は明治期の日本に不足していた中堅実業家の育成を目指し、自由主義経済学者だった天野先生が創立しましたことは多くの人たちに知られています。そのDNAは100有余年を経た現在でも脈々と受け継がれていることは言うまでもありません。経済界にとどまることなく、政界、スポーツ界、音楽界など様々な分野にも広がりを見せています。
大隈候は早稲田大学創立時から男女同権を唱えたことは有名です。その命を受け、早稲田大学は創立125周年にあたる07年に男女共参画宣言を発出しています。従って、初等部からの男女共学を実現した早実は早稲田大学付属校と継続校の中でも、最も成熟した一貫教育校として変貌を遂げたということになります。
人間とは異なり、学校法人の寿命は125年で尽きることはありません。それだけに150年、200年先を見据えた早実新世紀プロジェクトはさらに夢のある一大事業を実現してもらいたいと思います。例えばJR国分寺駅の北口から東方向に早実ゲートを開設することが可能なら通学の利便性はさらに高くなります。04年に開設された硬式野球部が使用する王貞治記念グラウンドの大幅リニューアル、観客席の増設、OBやファンが集う高校野球のランドマーク化なども、取り組んでもらいたい課題です。そして、初等部の国分寺から都心部への移転を実現してもらいたいと思います。そうすれば、慶応大学の付属中、高等部、さらに幼稚舎を追い抜くことが可能になるのではないでしょう。打倒・慶応はスポーツ倶楽部の世界だけにとどまらないとことは言うまでもありません。
創立125周年を迎えたことを契機に世界に輝く早稲田大学、さらにその上を行く学校法人・早稲田実業学校の実現を目指してもらいたいと願います。
昭和51年卒 校友会会長・池田哲雄

